スペシャル連載コラム「社会福祉士・青嵐さんの自立支援の現場から」障がい者福祉について考え続けるうちに〜「自立」とは何か?〜

第2回 社会的に隔離された環境そのものが能力を低下させていないか?

いつまで、そして、どれほどこの苦しみに耐え抜かねばならないのだろうか。私の隣にはいつ終わるとも知れない苦痛に今にも泣き出しそうな顔をした彼がいる。彼と一緒にマラソン大会へ出場するのはこれで何度目だろう。思い起こせば彼と走り出してもう2年が過ぎた。毎朝6時、通勤途中の公園で待ち合わせ、10kmの道のりを一緒に走っている。今ではこれが私の生活の一部となっている。彼は20歳。重度の知的障がいを持っている。

走りはじめた頃、彼はうまく走ることができなかった。ピョンピョンと飛び跳ねる姿はお世辞にもランナーと呼べるものではなかった。しかし、毎朝走り続けることによりランニングフォームは変化した。今ではいっぱしのランナーである。何よりも驚かされたことは彼に競争心らしきものが生まれたことである。前を走っている人を見ると常に追い越そうとするのである。「継続は力なり」。私は日々それを実感している。

意味ある人生を送るためには、社会に参加し、その中で自己決定、自己実現していかなければならない。しかし、社会とは多くのストレスが存在する世界でもある。社会の中で生きていこうとすればこのストレスに耐えられるだけの能力が必要となってくる。生物は常に一定以上の負荷が掛けられていないとその持ち得た能力を持続できない。しかし、障がいを持つ方々は多くの行動を社会的に制約されている。過度の援助は能力を低下させると言われるが、社会的に隔離された生活環境そのものが本来持ち合わせていた社会生活を営む上で必要な能力を低下させてはいないだろうか。歳をおうごとに、獲得した能力よりも失っていった能力の方が多くなっていないだろうか。

私が彼と走り出した理由は日々の練習やマラソン大会へ出場することにより、肉体的、精神的な負荷を掛け、社会生活に耐えられるだけの能力を獲得できないだろうかと考えたからである。もちろん、走ることによって生じるリスクも十分に考えた。何より彼との信頼関係を築くことが重要だった。走りはじめたのは彼と知り合って3年が過ぎてからである。十分に準備をしても未来に何が起こるかは予測できない。紙面では書けないようなトラブルも何度か発生した。周辺の人にこっぴどく怒られもしたし、汚れた施設を掃除してまわったりもした。しかしその都度、多くの人たちに助けられもした。だから今でも走り続けられているのである。いつでも、だれに対しても社会は厳しくもあり、優しくもある。大切なのはそんな社会へ踏み出す勇気だと思う。

「Open Door」

扉は外からは開きませんよ。扉を開けて一歩踏み出してみませんか。

あれこれ考えているうちに長かった道のりも残り1kmを切った。さあ、この上り坂を越えればゴールまであと少しだ。

― 記録 ハーフマラソン 1時間39分10秒 ―
第3回へ続く。
 
青嵐 
生活介護・就労継続支援B型多機能型事業所職員。福祉の世界にとらわれない客観的かつ冷静な視線で、障がい者の「自立」とはどんなことかを考えて続けている社会福祉士。かたわら、伝統技術の習得に真剣に取り組む藍染師でもあります。
 
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